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Outline

■ クライアント

  株式会社 柊
  富山県富山市にある企業。
  居酒屋や、焼肉など飲食事業の展開を行なっている。


■ 実施期間

  2021年12月~2022年2月【3ヶ月】


■ 体制

 P 笹倉武義
 D 笹倉武義
 Designer 笹倉武義

Mission

目的を妥協しない
「唐揚げ屋をOPENする為、看板を作成してほしい」という依頼から、このプロジェクトが始まった。
依頼段階では、「安くて美味しい唐揚げを提供する。」「テーマカラーも赤や黄色などを使い目に付きやすい。」FCによる展開をしている唐揚げ専門店のようなイメージだった。
この依頼に対し、まず私たちが感じた事は「需要に対して供給が追いついている唐揚げ市場の中で、地元の小さなお店が大手と同じ戦い方をする必要があるのか?それに対し人は感動を覚えてくれるだろうか?」という疑問だった。
また、「国内産の鶏肉を使いたいが、低価格での提供を考えると南米産の鶏肉でしか採算が合わない。」というが店主の悩みだった。これらの事に対し、もう一度企画を練り直すべきだと考えた。
実は、もうすでに売れている業界に参入していく事のリスクをあまり考えない人は多い。むしろ結果が出ているビジネスへの参入はリスクが少ないと思いがちだ。実際はその逆で、勝ち残る事が非常に困難なのだ。そのリスクを減らすためには差別化、市場のタイミング、需要と供給の現在と今後のバランスを考える必要がある。

Cause

差別化を考える
まずは設定金額の見直しから始めた。元々店主は、南米産の鶏肉を使用し、唐揚げ5コ500円〜600円で販売するイメージを持っていた。だが、昨今の唐揚げブームで、多くの専門店が乱立する中で、市場は美味しい唐揚げというものに慣れてしまっている。その中で、同じような材料で、同じような価格で販売するということは、自らライバルの多い所に入っていくようなものだ。ライバルが多いという事は、それだけ選んでもらいにくいという事でもある。
そもそも、唐揚げは低価格でないと売れないという思い込みがあるのではないかと考えた。
なぜ安い唐揚げでないと売れないのだろうか。それは大衆の食べ物として広く浸透した唐揚げのイメージに固執しているからだ。つまり、自社の唐揚げとそれ以外の差別化ができていないからである。
差別化というのは、ただ区別させるという訳ではない。独自の価値を伝えるということだ。独自の価値が伝わることが魅力となる。

価値を作る
[美味しさという価値]・・・物質的価値 
この商品には、鶏肉を昆布締めにし唐揚げにするという商品としての価値つまり物質的価値が元からあった。昆布締めする事で、昆布が素材の余分な水分を吸収し、身が締まり、シャキッとした歯ごたえの良い食感になる。そして、昆布に含まれるうま味、甘味、香りなどが食材に移り、食材本来の味に奥行きのある味わいを加える事ができる。これは、和食などの調理で用いられることが多い。つまりこの唐揚げは和食なのだ。
なおかつ、昆布の消費量が日本一である富山県は、その美味しさを元々知っている人が多い。昆布締めした鶏肉を使用した唐揚げは、一つの価値だ。

[食べてみたくなる価値]・・・情緒的価値
だが、物質的価値だけでは物の魅力は伝わらない。重要なのは心に訴える価値つまり情緒的価値だ。
私たちは「この唐揚げを通じて日本人のアイデンティティに触れる事ができる。」「日本人の私たちが本能的に美味しそうだと感じる事ができる。」
それこそがこの商品の情緒的価値だ。
また、本当に美味しい食材を作っている国内の生産者に対して、店主はリスペクトを持っていた。日本人にとって日本の食材は元来、体に組み込まれた美味しいと感じるスイッチであると考えていた。そのため、生産者に配慮をおいた、私たち日本人が本当に美味しいと感じる唐揚げを作って食卓に届ける事がビジョンとして明確になった。
物質的価値と情緒的価値が掛け合わさる事で初めて魅力が生まれる。

後日、国内産の唐揚げを昆布締めにしたという連絡があり、試食会が行われた。南米産の鶏肉を使用した唐揚げと、国内産の鶏肉を使用した唐揚げを食べ比べた結果として、肉の食感や、肉の味の濃さ、うま味といったものが全く違うという事がよくわかった。それほど日本国内で生産された鶏肉は美味しかった。
それとは別に実験的に昆布締めした鶏肉を醤油に漬け込んだ、醤油味というのも生まれた。醤油味の唐揚げはポピュラーなものだが、昆布締めしたという工程を挟むことで驚くほど美味しい唐揚げになった。
醤油味と昆布締め味、この二つで十分な商品価値があると確信した。

Process

このプロジェクトを進行する中で最も重要だったことは、プロダクトの見直しから始めたということだ。
見直した結果、商品の本当の価値を見つける事ができた。ビジョンも明確になった。
定まったビジョンに対し、どういった見せ方が一番適しているのか?お店のムードは?
明確になっていることで、自然と答えが見えてくる。


ムードを作る
ひしおとこんが和食のお店であるということ、和食としての唐揚げだということ。だからこそ、ひしおとこんは和食料理店としての上質な和の空気感を持たせるべき。むしろそれ以外の選択肢はこの時点でありえないとさえ思えた。それがこの店のムードとなった。その為、和食屋さんの持つ丁寧さ、繊細さ、心配りといったイメージをデザインしていくべきだと考えた。

知りたいと思わせる
ムードが決まり、それらをどう伝えるべきか、という事を思案した。
最初に、商品名や商品の打ち出し方に工夫が必要なのではないかという話になった。
国内の食材を使用した本当に美味しい唐揚げだという事をただ謳うだけでは、人は買いに来てくれない。その為、興味関心を惹きつける方法として提案したのは、「和食屋さんのようだが何屋かわからない店」「あれはなんだ?と疑問を抱くアイコン」を作るということ。興味を持った人たちが自ら、この店の名前の由来やこのお店の存在価値を調べるような店にするということだ。
自ら調べる事で、人に伝えたくなり、自分で見つけた価値としてブランドに親近感を持てる。お客様が、商品やお店の価値を理解し、共有してくれる仲間になると考えた。

引っ掛かりを作る
まずはネーミング。”醤油”を表す”醤(ひしお)”、”昆布”を表す”昆(こん)”という言葉から、「ひしおとこん」というアイディアが生まれた。
「ひしおとこん」をひらがなで表すことで、見たことのない文字の並びになる。また、名前はそのまま商品名にもなる。お客様がメニューを見た時、自然と名前の意味が伝わり、その時に感じることは「そういう事か!」
次に、昆布のシルエットをマークにしてみる。一見して、何かわからないが特徴的な形で、これはなんだろう?という興味が湧くシルエットになった。

価値を伝え、感動を作る
商品、ロゴが決まった。最後は、値段に対しての価値をお客さまに理解してもらうには、仕掛けが必要だった。
一つ目の仕掛けは、心配りとしてお客様へ渡すお手紙を作ること。購入してくれたお客様への感謝や、唐揚げを通じて「ひしおとこん」が提供したい価値について伝えようと考えた。
二つ目の仕掛けは、持ち帰れるお品書き。購入してくれたお客様の周りの人達にひしおとこんの持つ空気感を伝えるためのものだ。
これらの媒体は、人に教えたいと考えるお客様の心理を手助けする道具ともなる。これらの体験を通じ、お客様はひしおとこんに対し、「ただの唐揚げ屋ではないぞ」と、より高い価値を感じることとなる。
伝え方で価値が変わる。物の価値を決めるのは、物そのものではなく、物を購入したことによって得られる体験にある。

昆布と醤油というのは日本人の舌にずっと根付いてきた馴染み深い味付け。原点的で、日本人としてのアイデンティティとなるものだ。
唐揚げを買いにきただけなのに、自分達のアイデンティティに触れられる。ただ唐揚げを売ろうとすることではなく、唐揚げというポピュラーな食文化に新しい形で挑み、日本人のDNAに刻まれた古来からある奥深さや、温かみという価値をもう一度食卓に取り戻すということを根底にした目的がひしおとこんにはある。

Goal

現在、ひしおとこんは、SNSでの活動を毎日継続した結果、SNS経由で知ったお客様がまたお客様を増やし、多くのファンを獲得できた。
また、和食というものを軸に和食のお弁当なども販売しており、こちらの人気も好調だ。
季節ごとの切り口も、増やすことができた。
企業からのタイアップや、コラボのオファーも来ており、これからの展開も楽しみとなっている。
ぜひ一度ひしおとこんに足を運んで、日本人の細胞や心に染み込む唐揚げの味というものを体験してもらいたい。